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ふらっと立ち寄った85パーセントの人たちが満足し、友達に薦めたい、また読みたい、孫に朗読して聞かせたい、読むと髪の毛が増えた、肩こりが取れたと思えるような日記を目指して酒にタバコ、女性にギャンブルにと明け暮れる日々を綴ります。

秒速160キロメートルで飛ぶ遊星からの物体X

   

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喝破


この前もテレビか何かで見たのだけれど、何で都会の人間を揶揄して、死んだ魚の目をしてる、腐った魚の目をしている、などと言えるのでしょうか?単純に都会に疲れて田舎で暮らしているというのなら、それをどうとも思わないのですが、都会での生活や環境、地位や名誉を捨てて、ドロップアウトして田舎で暮らしてる人間が、今までの齷齪と働くだけの間違った人生にケリをつけて正しい光の道を歩き出したみたいな言い方をしてると腸が煮えくり返って仕方がありません。

逃げたんでしょう?

逃げて、関係のない土地で何かをリセットしたかったんでしょう?もしくは諦めたんでしょう?って、勘繰りたくなります。君がその道を選んだのは君の自由であって好きにすればいいけれど、鼬の最後っ屁みたいに関係ない都会の人間を揶揄しなくてもいいのではないしょうか?こそっと田舎で、こそっと隠遁生活を送ればいいのです。何かを言えば言うほど己と世間を騙す言い訳のように聞こえます。

都会の一流サラリーマンだったけれど、今は貯金で自給自足みたいな生活を送り、畑を耕してます、みたいな人間をわざわざフィーチャーする必要なんてないんです、実際。放っておけばいいのです。それを第二の人生の勝ち組みたいに取り上げて一体全体どうしたいのでしょうか?全ての人間が経済活動を捨てて自然に還り、日々の糧は必要不可欠分だけを得て、空と海と大地に感謝という自然宗教的な教えを広めようとしているのでしょうか?意味が分かりません。

田舎にだって死んだ魚の目のような目をして畑を耕してる人は、きっといます。死んだ魚の目のような目をした人は、どこにだっています。人口の絶対数が違うだけで、人生に生活に疲れて落ち込んでいて、死んだ魚の目のような目をしてるやつは、どこにでもいることでしょう。都会暮らしが疲れるというのは分からないでもないのですが、田舎で選択肢の少ない人生をやりたくもないことをやりながら無気力に送るのも、それはそれで死んだ魚の目のような目になってしまうのではないでしょうか。今まで歩いてきた自分の道が誤りだと心の底から思っていたとしても、他人の生き方にドロップアウト組が後ろ足で砂をかけて文句を言う必要はないのです。

頑張って大根でも茄子でも作ってよ、としか思えません。数多ある選択肢の一つとしか思えないし、それが楽しそうとも、勇気があるとも、決断力があるとも思えません。ただの、そうすることを選んだだけの、そういう人生ということです。

我輩には都会も田舎も関係ありません。
自分の力に依って生きる全ての人々を応援します。
 

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聖蹟PART3


ゲームの話ですが、もう『聖蹟』とまで呼べる思い出に残っているのは、あと一つだけです。
今回は短くなりますが、昔、ファミリーコンピューターの時代、あの家庭用ゲーム黎明期において我輩は子供でした。子供の我輩の小さな頭の中には小さな頭脳と少ない知識と経験だけがありました。

あるゲームをしていたときです。登場人物が最初から持っているアイテムに『ロケット』というものがありました。当時まだ我輩のゲームレベルは『アリアハンの草原でゾーマを探すレベル』でした。まったくもってスーパーのマリオのブラザーズ的なゲーム以外のゲームを理解していない頭脳でした。一切、小難しい感じのゲームを理解していませんでした。そのような折りに買ったゲームが何というタイトルのゲームか覚えていませんが、始まってすぐに行き詰まりました。ゲームを読み解く工程が分からないのです。電源を入れてスタートしたあとは闇雲にウロウロするだけでした。無意味な時間を苛々しながら過ごします。

今ならば、今の聡明な我輩ならば、今の手を翳すと神秘のパワーで涸れた井戸を蜂蜜で満たしたり満たせなかったりするほどの我輩ならば、しっかり理解できているのですが、当時の我輩は本当に幼く、そして愚かでした。タイトルも思い出せないゲームをやっていて、すぐに行き詰まり、こともあろうか我輩、そのゲームの中で『中庭』と呼ばれる場所で、ずっとずっと何回も何回も『ロケット』をアイテムとして使いました。この建物を脱出するには、このロケットを使って脱出するに違いない、と何度も何度も……。

ここで使っても意味がない、というような注意が画面に出ます。それでも諦めきれずに、ウロウロして『ロケット』を使って、中庭を出て、戻って、一人時間差攻撃のように『ロケット』を使って、ここで使っても意味がない、という注意をされるという数日を経て、このゲームは我輩には向いていないと悟り、苦々しい思いで近所の中古ゲーム店で売りました。それから数年後の話です。

我輩は自宅でテレビを観ていました。度忘れしていたことを度忘れしていて、何かの拍子にまったく関係ないことであるにも関わらず、まるで天啓のように思い出すことがありますが、パッと頭に閃きました。発明家にでもなったかのような気分です。細い糸を手繰り寄せるように、かつて名前も思い出せないゲームの中の建物の『中庭』で必死になって使っていた『ロケット』というのは、人が乗り込むようなものではなく、ペンダントみたいな中に小さな写真とかを入れる首飾りのことではなかろうか?と唐突に降って湧いて閃きました。

あいたー、です。我輩、あいたー、と思いました。

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巻物


我輩が勝手に流行らせようとしているものに『巻物メール』という珠玉の言葉があります。
この『巻物メール』または『巻物』とは、異様に長文で感情をぶつけてくるメールのことを指します。たとえば、交際していた女性に一方的に別れを告げられた男性が、納得できない感情を気の昂ぶりと共に恥も外聞もなく相手に送りつけたズラララーッと長いメールなどが我輩の言うところの『巻物メール』です。とにかくスクロールしてもスクロールしても、次から次に不平や不満、疑念、疑問、疑惑などが延々と綴られているメールのことです。

過去に何度か拝見した『巻物』からは、人々の激しい怨嗟の声を垣間見ました。まさに怖憚るる暗黒の闇を覗き込むが如くでした。理性より感情が勝っても碌なことにならない見本のような『巻物』に怖気、寒気、そして狂気を感じたのです。それでも感情の発露をぶつけずには引き下がれない、引き下がる気がないという自尊心の葛藤を悲しく思います。

ここで我輩がしているのは『巻物』の受け取り手と送り手を単純な二元論で善と悪に二分する話ではありません。どちらかが悪いとか、どちらかの主張が正しいとか間違っているなどという外側の話です。詳しい事情は知りませんけど、という前置きが常に頭についていると考えてお読みください。
昔、ある顔見知りで軽い会話だけはするといった程度の付き合いの男女がいました。かつて男女は交際をしていたらしいという話だけは知っています。男性のほうが我輩に「あの女は駄目な奴だ。金は借りて返さないし、証拠はないけれど浮気もしてた」と言いました。我輩は「へえ、そんなふうには見えませんでしたけどね」と言いました。後日、女性のほうと話をする機会がありました。女性は「あの男は暴力は振るうし、禄でもない男だ。別れてもしつこく電話してくるしストーカーみたいだ」と言いました。我輩は「へえ、そんなふうには見えませんでしたけどね」と答えることしかできませんでした。どちらが正しいとも悪いとも分かりません。言い分そのものが本当に的を射ているのかも分かりません。そういうことです。

それを踏まえて『巻物』に話を戻しますが、かつて我輩の読んだ巻物メールの概要を幾つか紹介したいと思います。
ある一人は、別れを告げられた女性に向けて『オマエは死神だ。俺の婆ちゃんが死んだのはオマエのせいだ』などという恨み辛みともいえない被害妄想のような内容の巻物メールを果てのないスクロール地獄のように書き連ねていました。ある一人は、キャバ嬢に金を貢ぎまくった挙句に交際を迫って客としても切られた男性が、今まで使った金の合計額や買い与えたプレゼントの品名や値段などを明確に示して、いかに相手が酷い人道にもとる人間かを滔々と説いた巻物メールを送り届けていました。ある一人は、仕事先の若い女性に恋をして飲み会に誘い、そのあとで交際を迫ったが断られた50代の男性で『思わせぶりな態度で純粋を踏み躙られた』などという総毛立つほどの怒りを感じさせる巻物メールを投げつけていました。再度言いますが、どちらが悪いかは分かりません。この世界に数多ある巻物メールを精査することもできません。正当な主張である可能性もあれば、本当に相手が『死神』だったというメルヘンな実話かもしれません。

巻物を作成している段階では感情のほうが先に出て冷静さを失っているのかもしれませんが、我輩が疑問に思うのは、巻物製造者の方たちが最終究極到着地点に何を求めているのだろうかということです。その巻物を「巻物で御座る」と相手に届けて、そのあとに何を求めているのかが分かりません。思いの丈さえ伝えられればそれで満足なのか、唐突な別れが納得できないのか、戻ってきて欲しいという願望の裏返しなのか、目的が分かりません。おそらくですが、男女関係で感情が爆発した巻物メールの場合、可愛さあまって憎さ百倍、という慣用句が最も当てはまると思います。どうでもいい人間に対して、さして感情が昂ぶっていない事象に対して、巻物を送り届けるだろうかという我輩自身の論理に起因する逆説――パラドックスが当て嵌まるからです。

ですが――残念ですが、そんな気持ち悪い巻物を送って相手の心が戻ってくるわけがない、相手の心が手に入れられるわけがない、と全力投球で巻物を作った皆様には申し訳ないのですが我輩は思うのです。巻物に書いてあることが正当な主張で、たとえ巻物の受け取り手が理屈では相手の言い分が正しいと理解できても、感情の部分で否定されるはずです。感情の部分で否定してしまっている相手を受け入れるのは容易なことではありません。長々と説明しましたが、とどのつまりは逆効果というわけです。もっと言ってしまうなら、その中には冷静に考えればそれが逆効果であることも分かりながら、それでも巻物を作り、送り届けることを止められなかった者もいたと思うのです。悲しい負の無限連鎖が渦を巻きます。

先日、複数人で食事をしたとき、ある女性が巻物メールという言葉は使っていませんが、会社の先輩から巻物が届いて困っているという話をしました。我輩を含めて数人で、スクロールに次ぐスクロール、スクロール、スクロールで巻物を読みました。内容は説明しませんが、それはそれは立派な巻物でした。強い語調で相手を罵ってみたり、そうかと思えば褒めてみたり、壮大なスケールで展開する巻物でした。そして、この巻物を送った相手の気持ちを斟酌します。この巻物を送ることでどうしたいのか、どうなりたいのか、どういう結果を望んでいるのかを考えたところ、最終究極到着地点には「嫌わないでください」や「それでも好きです」という単純明快な願望しか見えませんでした。結局のところ、そういうことなのです。

ですが――残念ですが、巻物は駄目、絶対。巻物で相手の心は動かないから。これ、絶対。交際する前に相手のことを花や美しい物に例えた詩的な愛のメッセージなら相手によっては素晴らしい効果を生むかもしれませんが、十中八九、関係性が悪化したり、関係性が終わったあとに特に相手の悪いところを書き連ねたような巻物を送っても、相手は「あら、素敵!やっぱり私にはあなたしかいないわ!」とは、ならないと思うのです、我輩は……。

余計なお世話かもしれませんが、巻物を送ろうとしている諸兄は、巻物を作る前に、作ってしまったならば送信ボタンを押す前に、自分が巻物を送ることで一体全体どうしたいのか、どういう結果を招くことになるかを一度、冷静になって考え直してみてはどうでしょうか?気持ちは分かるし、理不尽さを覚えていることも納得できない感情も分かるけれども、その問題を解決するアイテムが巻物だとは到底思えないのです。

願わくば、世の中から悲しい巻物がなくなりますように……。
 

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聖蹟PART2


幼き頃の我輩は『ファイヤーエムブレム』というゲームソフトを友達に借りました。とにかく、我輩には難解かつ意味不明で手探りでプレイの仕方を覚えていくゲームでした。シミュレーションゲームとやらの意味も分かりません。
やっていくうちに段々と、なるほど、敵陣を攻める陣取りゲームだということを覚えました。我輩、分からないなりに頑張りました。敵陣を攻め、ボスを倒し、次々とシナリオをクリアしていきました。ところが、何をどうやっても何度やり直しても、先に進めなくなったのです。我輩は苦悩しました。これはクリアすることができないゲームなのではないかと思いました。我輩は友達に相談しました。
休日に我輩の家で遊ぶ約束をし、カルピスを用意してゲーム機のスイッチをON、シナリオの途中でセーブした画面を見ながら開口一番に友達は言いました。

「あれ?ドーガは?」
 我輩には彼が何を聞いてきたのか分かりませんでした。
「ドーガ?」
 聞き返しながら、何となく思い出しました。
「鎧着た太った奴?」
「そう、そいつ」
「死んだよ」
「死んだ?」
「あの雑魚キャラだろ?とっくの昔に死んでるよ」
「雑魚キャラ?殺したら駄目だよ。やり直さないと」
「やり直す?」
「あれ?ペガサスナイトは?」
「ペガサスナイト?」
「空を飛ぶ奴がいただろ?」
「ああ、あいつ……。死んだよ」
「死んだ?」
「ドラゴンナイトもいないし、主要メンバーがほとんどいない」
「死んだよ」
「死んだ?」

我輩、ファイヤーエムブレムというゲームを見事に理解していませんでした。
死亡した仲間は生き返らないという当たり前の大前提の下にゲームが展開していくのです。また、生き残った仲間の数でエンディングさえも違うと告げられ、我輩の思考が止まりました。次の瞬間には、土石流のように今までファイヤーエムブレムに費やしてきた時間と労力が胸の内を駆け巡りました。うわわ、と頭の中が攪拌されたようになり、軽いパニックを覚えました。あいつも、あいつも、あいつも、死んだー!と、取り返しようのない事態に困惑しました。
ファイヤーエムブレムでは仲間が死亡した場合、そこでゲームをリセットし、シナリオの最初からやり直すのが正しいやり方なのだそうです。そんな基本的なことも知らない我輩は、死んだら死んだで仕方なし、とばかりに突撃を繰り返すだけの指揮官でした。そして、我輩がゲームに行き詰まった理由は単純に、もう残りのユニットが少ない、ということでした。何をどう頑張っても、物理的に先に進めない、戦力が足りないという状況で行き詰まっていたのです。
最初からやり直すかどうか、という選択肢を迫られた我輩は、すっとゲーム機の電源を落とし、ファイヤーエムブレムを友達に返しました。さようなら、我輩の冒険の日々よ。君たちの世界に平和をもたらすことはできなかったけれど、あらから十数年が経った今でも我輩は元気です。
 

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聖蹟PART1


幼い頃、夏は暑くて嫌いでした。冬は寒いので嫌いでした。
家にいても仕方がないので外で遊んでいましたが、とにかく嫌々といった感じで外で遊んでいました。そのような我輩に光を与えたのが、従兄弟が夏休みに持ってきた家庭用ゲーム機でした。
我輩の家は親のメディア・リテラシーが大変低く、どこで仕入れた情報か知らないけれど、テレビゲームをし過ぎると、脳がどうかなるとでも思っていた節があります。今思えば、頭が爆発するぐらいのことは思っていたのではないかと振り返ります。

テレビゲームの思い出が幾つかありますが、それを所々会話形式で語ってみようと思います。まったく記憶がない市井の民の方には申し訳ないですが、何となく妄想を膨らませてお読みください。

ドラゴンクエストⅢ――。
いわずと知れた名作です。当時、徹夜で並んでソフトを買い求める映像がニュースとして流れていたのを覚えています。今から思えば何が楽しかったのだろうと思うのですが、友達の家で友達がプレイするドラゴンクエストというロールプレイングゲームを延々と眺めていました。次々と襲いかかってくるモンスターを倒していく様子を何時間も何時間も眺めていると日が暮れました。他人がプレイするロールプレイングゲームを眺めていて何が楽しかったのか今の我輩には分かりませんが、当時の我輩は目をキラキラさせながら友達がプレイするゲーム画面を眺めていたのです。そのうちに我輩は一つの疑問を口にしました

「ねえ、何で名前が『ひてあき』なの?」
 我輩は尋ねました。
「名前に点々(濁点)とか丸(半濁点)を使うと一文字として数えられるんだよ。全部で四文字しか使えないから仕方ないんだよ」
「そうなの?」
「俺だって嫌だよ。ひてあき、とか格好悪いよ。でも、仕方がないんだよ」
「だったら、無理矢理に『ひてあき』とかにしなくて『ひで』でよくない?」
「え?」
「普段、ひでちゃんとか呼ばれてるんだからさ」
「……」
 彼は沈黙し、黙々とモンスターを退治し続けました。

後日、我輩、ロールプレイングゲームというものを理解しないまま、ドラゴンクエストⅢを買いました。よく分からないまま始めたせいか、純粋すぎたせいか、宇宙意思の陰謀か分かりませんが、まったくロールプレイングゲームの進め方というものを把握できていないことで悲劇が巻き起こりました。期待に胸を膨らませ、我輩は名前を入力し『勇者こういち』として冒険の旅に出発しました。シナリオを一つずつクリアしていくという当たり前の概念がありません。アリアハンという城下町から冒険に出た後は、すぐ北にある町、さらに先にある洞窟を行ったりきたりしながら、二ヶ月間を過ごしました。何も分からない我輩は、ずっとスライムとカラスとカエルとウサギと戯れていました。そうこうしているとレベルが20を超えました。どうしてそのような勘違いをしたのか今でも謎ですが、我輩の脳の中では、かつて『勇者ひてあき』が、この辺で『ゾーマ』と呼ばれる魔王と戦っていた記憶がある、という理屈でアリアハンとその先の町の中間地点をコントローラーが壊れるほど往復し続けました。
ある日、我輩の家に『勇者ひてあき』が遊びに来ました。我輩は、どこを探してもゾーマがいないことを告げました。かつて勇者ひてあきが戦っていたゾーマがこの辺りにいた気がするのだけど、ゾーマが現れないということを訴えました。すると、勇者ひてあきは言いました。

「アリアハンの草原にゾーマはいないよ」と。

我輩、そこで自分がロールプレイングゲームというものを理解していないということを理解したのです。それから勇者ひてあきに導かれるままルイーダの酒場と呼ばれる場所で戦士と魔法使いと僧侶という仲間を得て、爆弾を手に入れ、洞窟の壁を破壊し、新たなる世界へと旅立ったのです。あのとき、勇者ひてあきが我が家に遊びに来なかったら、我輩、あれから20年ほど経った今でもアリアハンの草原でゾーマを探していたかもしれません。危ないところです。ありがとう、勇者ひてあき。友達だったはずなのに、苗字も顔も思い出せないけれど、君のことは忘れないよ。



続く――。
 

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プロフィール

HN:
大崎 皇一
性別:
男性
趣味:
考え中
自己紹介:
悲しいけれど趣味と呼べるモノが読書とか音楽鑑賞とかしか浮かびません。あまり突飛でやったこともないホエールウォッチングとか書くと本当にやっている人が食いついてきて、やっぱりホエーは銀色でルウォッチはユナイテッド北にヨーソローとか専門用語を出されても困るので嘘はつくべきではないと思う。しかたないので、世が世なら、穴を掘り、そこにエイリアンを突き落として土をかけて埋めるという趣味を持っている、ということにしておきます。今の世がそんな世ではないことが、悔しいの一語です。
■著作
放課後のストレンジ-ユージュアル・デイズ (電撃文庫)
放課後のストレンジ〈2〉サムシング・ビューティフル (電撃文庫)
■連絡先
sun_kouichi_prime500◇yahoo.co.jp
◇を@に。

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