世の中には殊の外、神仏や霊現象を信じる人が多いのだと思い知らされます。信じても別に構わないのですが、たまに茶化し半分の面白半分で占い師の方に占ってもらったりしたとき、守護霊や先祖の霊の話や墓を大事にするという話が出てくると途端に気持ちが萎えます。
はあ、そうですか。でもですね、ウチの家系で立派で裕福な人間がいたという話を聞かないので、死んだあとも別にそんなに僕のことを護ってくれてるとかは思えないんですよね。自分のことで精一杯なんじゃないですかね、死んだあとも。
占い師の方も最初のうちは、うんうん、と話を聞いてくれるのですが、段々と口調が荒くなってきます。
そんなことはない。先祖、御先祖様という存在がなければ、今の貴方はいないのですよ。
いや、言ってる意味は分かるんですよ。僕の先祖が、戦国時代とかに、やー!とか言って槍持って突っ込んでくる敵兵の一撃を、危ね!とか言ってかわして生き残ってくれたお陰で今の僕がいるってのは分かるんです。あのとき、あらよっと!って槍をかわしてなかったら、ここで僕が3000円払って占ってもらうこともなかったでしょう。分かるんです。でも、それは別に12代先の僕のことを想って槍をかわしたんじゃなくて、自分が生き残るためにやったことであって、僕がそのことで感謝とかするのは違うかなあって思うんですよ。
この辺りから占い師の方の顔色が、ん?面倒くさい奴がきたぞ、という顔色に変わります。よく見ると、占い師の方の防衛本能が反応したのか超常現象なのか知りませんが額に『caution』と浮かび上がります。占い師の方が傍らに偶然生えていたハーブを食べているのを見ながら、我輩は言い募ります。
僕は母子家庭で母親のほうの家系を少し辿るぐらいしか先祖のことは分からないんですね。父方のほうは存在も知らなければ名前も知らないし、今さら知りたいとも思えないんですよ。母方のほうの親戚も付き合いがないんでまったく知りません。母方の両親も死んでるんで、どこの誰を大事にすればいいのかも分からないんです。
だから、御先祖様ですよ!御先祖様を敬い手を合わせる、この気持ちが大事なんですよ!
占い師の方が言います。我輩は納得できません。
仮にですよ。仮に僕が今、貴方の言葉を信じて唐突に墓参りをしたり、手を合わせたりしても、何かゲスい気がするんですよ。護ってもらいたいがためにやったみたいな。僕はそういうの嫌なんですね。敬いの感情というのは内から自然に湧いてくるものだと思うんです。高級車とかマイホームが欲しいから神様に手を合わせるのは本来の意味から逸脱してる行為だと思うんですよ。それと同じです。それに僕が祖先の守護霊とやらをやる番が回ってきたら、別に墓参りとかしなくても無条件で護ってやりますけどね、祖先を。自分の子の先の大事な祖先を。出来が悪くて素行が悪くても大事なんで護ります。アルソックよりセコムより。もっと言わせてもらえば、墓参りをしないと手を合わせないと護らん!とかいう先祖なら、こっちから願い下げですね。
ハーブの力で額の『caution』が消えていた占い師の方の額に再び文字が浮かび上がり、今度は激しく点滅しだします。ちょっと怒った口調で名前の画数の話などをする占い師の方の話を我輩は黙って聞きます。そのあとでやっぱり納得できなかったのか先祖と墓参りの話をしだしたので我輩はその言葉を制し、もういいですよ、その話は、と止めます。
最終的には、もう二度とくるな、や、貴方には何を言っても一緒、などと言われ家路に着くのです。
どうやら我輩、占いというものを心の中ではまったく信じていないようです。それでもまた気が向いたら行きます。
[0回]
PR
COMMENT