好きな食べ物は、お好み焼きです。
我輩、近い年齢で4人兄弟という幼少期を過ごしたせいで、食物の取り合い奪い合いという修羅道を歩いてきたのですが、その地獄道の道すがらに食べ過ぎた物は成人を超えた今となっては好きにはなれません。鍋一個、ホットプレート一つで大量に作られる食べ物があの火焔の立ち昇る煉獄を思い起こさせるからかもしれません。
その代表例がカレーで、母親はいつも、炊き出しか!と言いたくなるほど鍋いっぱいに大量に作りました。今日はカレーよ、という台詞を、おはよう、こんにちわ、などの挨拶のように使いました。今日はカレーよ、今日はカレーよ、今日はカレーよ、と繰り返すキリング・マシーンと化した母親のせいで、カレーという食べ物が我輩の中で存在しなくていい食べ物になってしまったのです。味は嫌いではないのです。食べれば美味しいのです。しかし、人生という儚くとも短いスパンの中で、もうカレーは要らないや、という諦観にも似た気持ちで我輩はカレーと接しています。
ある日――夕食にカレーを食べた翌日――当時の我輩一家はラジコンカーのジャンプ台のような急勾配の坂の上にある宮殿で暮らしていました。その二階にある我輩の部屋から坂を真下に見下ろせたのですが、明らかに小さな袋をぶら提げて母親が坂を上ってきます。買い物の量の少なさから、ああ今日もカレーか、と我輩が悲嘆に暮れていると、せめてもの味の変化を母親なりに考慮したのか、小さな袋には総菜屋で買ってきたトンカツが数枚入っていました。カツカレーです。その翌日も、小さな袋だけを持って母親は坂を上がってきます。袋にはうどん玉が入ってました。カレーうどんです。カツオ出汁で味を調えたカレーうどんなどという小洒落たものではありません。茹でたうどんにルーをかけただけです。さらに翌日、居間で『はぐれ刑事』の再放送を観ている母親は買い物にすら行きません。その日は原点回帰で具もドロドロに溶けたカレーです。そのような日々が続いた結果、我輩のカレー観が誕生しました。拳を突き上げ、我が生涯にもうカレーなんてなくてもいいんじゃないのか!と言いながら昇天しました。
そんなこんなで天に召された我輩ですが、そういう凄惨な過去のトラウマティック・エクスペリエンスのせいで自ら進んでカレーは食べません。まあ、何だかんだで国民食ということもあり、ちょいちょい望むも望まざるもなく食べる機会があるので食べるのは食べてますけど、嫌いです。食べたら食べたで、美味しいなあ、とは思うのですが、嫌いです。カレーという言葉一つでシナプスが情報をかき漁り、ニューロンをアマゾン川を逆流する海嘯『ポロロッカ』のように遡り、小さな袋を持って坂を上がってくる母親の姿がフラッシュバックして、バックドラフト現象のように脳内で炸裂します。我輩にとってカレーとはそういう食べ物なのです。カレー・イコール・アマゾンという図式が出来上がります。その図式の応用編として、ピラニアを見ても、サッカーのブラジル代表のユニフォームを見ても、浅草サンバカーニバルを見ても、カレーを連想します。嘘です。
母親はホットプレートでお好み焼きもよく作ったのですが、チョー下手で不味く、ベチャベチャしていたのが幸いし、あれはお好み焼きではないという記憶の処理がなされ、今となってもお好み焼きが好物です。定期的に無性に食べたくなって食べるのです。
[1回]
PR
COMMENT